本州最南端の町、串本町。その串本町から大阪方面に10キロ程の場所に田並という小さな集落がある。広大な紀伊半島の先端に近い西側は、黒潮が南からの暖かい海流を運び、冬でも滅多に雪が降ることの無い温暖な気候である。海に潜れば珊瑚が見られ、山には冬でも落葉することの無い常緑広葉樹の森が広がる。
 今では、わざわざ他所から田並を訪れるのは釣り人くらいなものだろう。そんな田並、かつてはとても賑わった時代もある。
 明治大正から昭和40年頃にかけ、海と山に面し、さほど産業を持たないこの辺りの村々の人々は、海外へ渡航し、オーストラリアの木曜島で真珠貝を採る潜水夫として活躍したり、ハワイやアメリカ大陸にわたり一儲けする人が多く、彼らのもたらす富と文化で、田並の町もにぎわったという。田並の人々は堅実な人が多いのか、海外から送られてくる資産を管理する独自の銀行を設け、将来を見越して子供の教育にも力を入れていた。まだあまり外国からの文化が入ってこない頃、田並の町ではカフェやパン屋があり、珈琲の香りやパンの香りが漂い、周囲からアメリカ村とも呼ばれていた。田並の町中を散策すると、何となく洋風な雰囲気もわずかに残り、かつての様子をイメージすることもできる。

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