『越後奥三面-山に生かされた日々』上映会
2026年3月1日(日)
13:30〜16:00
大人1800円 大高中1000円 小学生以下無料


イントロダクション
ケモノの狩り、川魚の漁、山菜やキノコの採集、田畑の耕作……
ダムに沈むまで、ここには山に生かされた日本人のくらしのすべてがあった-
新潟県の北部、朝日連峰の懐深くに位置する奥三面(おくみおもて)。人々は山にとりつき、山の恵みを受けて暮らしつづけてきた。冬、深い雪におおわれた山では、ウサギなどの小動物、そして熊を狩る。春には山菜採りが始まる。特に家族総出のゼンマイ採りは、戦争とよばれるほど忙しい。そして慶長2年(1597年)の記録が残る古い田での田植え。奥三面は縄文時代から人の住む歴史の古い村でもある。夏は、かつて焼畑の季節だった。川では仕掛けやヤスでサケ・マス・イワナを捕らえる。秋には、木の実やキノコ採り。そして仕掛けや鉄砲による熊狩りが行われる。
「山、山、山……。幾多の恩恵、心の支え……山しかねぇな、山の暮らししかねぇなぁ」と、ある村人は言う。人々は3万haに及ぶ広大な山地をくまなく利用して生きてきた。
その奥三面がダムの底に沈むー ー




40年前まで確かに存在した山の暮らし。その喪失と記録が現代に問いかける
本作を手掛けたのは、記録映画作家・映像民俗学者として知られる姫田忠義ひきいる民族文化映像研究所(民映研)。 1976年の創設以来、日本列島の津々浦々に伝わる生活や民俗を撮影し、2013年に姫田が没するまでに、フィルム作品119本、ビデオ作品150本にのぼる膨大な記録映画を残した。
山の恵みを細大漏らさず利用する生活が奇跡のように保たれていた奥三面に瞠目した姫田たちが、1980年から4年をかけて撮影したのが『越後奥三面ー山に生かされた日々ー』である。民映研の作品の特徴は、説明テロップを入れず、説明ナレーションも少ないこと。そして、生活全般のありのままの記録を残すことを第一の目標において、安易な物語に回収しないところにある。本作も、その意思が貫かれ、ダム建設による閉村という事件は後景に退き、村人が連綿とつづけてきた山の生活のあり方をただひたすら、几帳面に記録している。昭和の終わりまで自然に寄り添う暮らしをつづけてきた村の最後の姿を、まるごとフィルムで残したいという執念により、世界にも類を見ない記録映画となっている。
姫田はこの映画を「逆修の碑」だと述べている。生きているあいだに自らの死後を弔らうことを逆修という。それは、村の消滅を前に、受け取り手のない記録を残すことへの厳しい自己批評でもあったのだろう。記録は誰のために残されるのか。なんのためになるのか、と。
映画完成から40年。もはや奥三面がダムの底に沈んでから久しい年月が経過した。いま、この記録を、私たちは何のために、どのようにして受け止めることができるだろうか。
記録スタッフは、ダム建設による閉村を前に、一軒の家と畑を借り、山の四季に見事に対応した奥三面の生活を追いはじめた。
注・田並劇場での上映はデジタルリマスターではありません。

姫田忠義と民族文化映像研究所
姫田忠義は1928年(昭和3年)兵庫県神戸市に生まれた。1954年に民俗学者の故・宮本常一と出会い、その影響を受けて日本全国を歩き始める。1976 年に伊藤碩男、小泉修吉とともに民族文化映像研究所(民映研)を創立し、日本人が長い歴史の中で培った自然との深い対応と共生の姿を「基層文化」と捉えて研究を開始。フィルム作品119本、ビデオ作品150本にのぼる膨大な記録映画を残した。2013年7月29日に84歳で死去。代表作に『アイヌの結婚式』『イヨマンテ』『越後奥三面―山に生かされた日々 ― 』など。 89年にフランス政府より芸術文化勲章オフィシエ叙勲